≪整心科学研究所(埼玉県上尾市)≫

自己治癒力により心身を整えていく。量子力学・宇宙物理学・脳科学の観点から精神を捉えた新しい科学に基づいた療法を研究、実践中です。
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    443) うつは「鏡の段階」への退行状態
    0

       

      整心科学研究所(埼玉県上尾市・大阪市・和歌山市)のブログへようこそ。
      従来型の精神分析(無意識を意識化する)を凌駕し、新しい視点から人間の精神にアプローチする方法を研究中です。

       

      今日は≪うつ≫について書きます。

       

      うつは心の風邪ひきだと表現され、だれでも陥る可能性があるといわれます。
      日々の生活の中での喪失体験が引き金となってうつ状態になることが多いようです。
      ここでは、うつはラカンがいう「鏡の段階」へ退行した状態との観点から考えてみます。

       

      『自我は他者のもとで構成される』

       

      簡単にいうと、鏡に映った像を見て、「これが私だ」と知りそれを引き受ける体験。
      うつという状態は、この段階へ退行し、再度「これが私だ」と自己規定しようとする試みだと捉えます。
      そこへ退行するきっかけはそれまで自分を映していた鏡が無くなった時。

      例えば以下のような問いに遭遇したときです。 

       

      「あなたは何者ですか?」→「私は何者だ?」
      「あなたは何をしたいですか?」→「私は何をしたいんだ?」
      「あなたはどう思う?」→「私はどう思っているのか?」などなど

      それらに対して「分からない」「知らない」「考えても仕方ない」なども一つの答えです。
      つまり、「答えの内容ではなく、何も言葉を発せなくなった時」その時が問題。
      その結果動けなくなる。

       

      このように考えると動くための道筋がみえてきます。
      鏡に映し、それを自分だと言える体験をすればいい。
      ただその鏡には一つ条件があります。
      それは、その人が安心だと感じる鏡であること。
      その鏡が見つかれば大丈夫。
      必ず動き始める時が来ます。

       

       twitter https://twitter.com/rakuhomanami 
       HP http://signifiant-lab.com/

      | 不登校・引きこもり | 13:05 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
      432)マイペースを創る
      0

        シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の楽歩愛真です。
        なぜ、どうしてとの疑問を持ち、納得のできる答えを知りたいと考えている人にとって、精神分析という対話療法は有効な方法です。

        今日は、「マイペースを創る」 について書きます。 

        物心ついた頃からしつけという名のもとに、周りに合わせること(協調性)を強いられてきた人は多いだろう。
        大人になってもいつの間にか周りに合わせることを基準にしてしまっているかもしれない。
        そんな中で、周りに合わせることに疲れ、疲弊し、やがて外に出ていけなくなる人がいる。
        その結果、「引きこもり」などという名称を付けられる。
        彼らにとって、引きこもることは自分を守るための一つの手段でもある
        この観点から考えると、無理やり引き出そうとすることは必ずしも得策とは限らないだろう。
        引きこもるにはそれだけの理由があるのだろうから。

        自分のペース(以下マイペース)が解らなくなってしまった時はどうすればいいのだろう。
        まず、マイペースを創ること。
        なぜならほとんどの場合、何がマイペースかさえ解らなくなってしまっているから。
        それまで周りに合わせることばかり考えてきたのだから、解らなくて当たり前。
        それなら今から創ればいい。
        その一つの基準は「自分が楽な方を選ぶこと」
        まずこれを決め、それに従って判断する。
        これを少しずつ重ねていくと、マイペースがみえてくることだろう。

        追記
        これらを実践するには、他者のサポートが必要となってくることを申し添えておきたい。

        | 不登校・引きこもり | 14:37 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
        418)欠如を作れば動く
        0

          シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の楽歩愛真です。
          なぜ、どうしてとの疑問を持ち、納得のできる答えを知りたいと考えている人にとって、精神分析という対話療法は有効な方法です。

          今日は、「欠如を作れば動く」 について書きます。

          動かない状態にも色々あります。
          例えば、
          動かなければならないのに動けない。
          動きたいのに動けない。
          動きたくないから動かないetc

          ここでは、
          動きたいけど何をしたらよいか分からないから、結果的に動いていない場合を考えます。
          つまり、動くためのエネルギーと意志はあるけど、その目標が定まらない場合です。
          このような状態の場合、欠如を見つければ(自認)動きます。
          それは、お腹がすいた→何か食べたい→食べるものを探す、と同じです。
          お腹がすいた(欠如)を自認するから 、その欠如を埋めたいとの欲望を持ち、その結果動くという行動へと繋がります。

          食欲と同じように考えると、人は欠如を自認すれば、必ず何らかの行動を起こす(行動しないことも含む)ことでしょう。
          ここから、欠如を作れば動くというのです。 

          大切なことは、動いていない状態をしっかり見極めることです。
          見極めを間違わなければ対応の仕方もはっきり見えてきます。
          そのために精神分析は有効だと考えます。

          シニフィアン研究所のHP http://signifiant-lab.com/
          Twitterでは気づいたことをつぶやいています。 https://twitter.com/rakuhomanami
           

          | 不登校・引きこもり | 13:20 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
          373)対人不安と引きこもり
          0

            シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の真道満喜(しんどうまき)です。
            精神分析という対話療法で自己(無意識)を知り、必要に応じて書き換えませんか。
            そうすれば、不安は安心に変わり、生きる希望が湧き、しあわせ入れ放題・つかみ放題だと実感することでしょう。

            今日は、「対人不安と引きこもり」 について考えてみます

            ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
            人が苦手、人に会うのが不安、何を話したらよいか分からない、、、、
            だから、話すのがめんどう、友達といるより一人でいる方が楽、その結果引きこもりがちとなる。
            決して怠けているわけではなく、自分の好きなことならするし出かけてもゆく。
            何とも理解しがたいと言われる。
            このような人たちがますます増えているようです。
            彼らにとって、ネットの世界は好都合だという。
            ただ、LINEでは10秒ルールなどというのもあって決して楽ではないらしい。

            それでも何らかの繋がりは持っているとのこと。
            ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

            ここでは、対人不安も引きこもりも「自己防衛」の手段だといいたいと思います。
            そもそも「不安」とは、危険を予期しそれに対し準備を整えるような一定の状態のこと。(フロイト)
            不安は、無防備のまま危険に襲われた時に陥る状態から自己を護るためのものだといわれます。
            そうすると、対人不安も自己を護るための一つの反応だと考えられます。
            そして、引きこもりは不安を呼び起こす環境から離れることですから、最も有効な方法ではないでしょうか?

            では、何から自己を護ろうとしているのでしょうか。
            それは自己愛の傷つきです。
            危険に出会ったら、誰でも自分の身を護ろうとします。
            それと同じように、心の傷つきから護ろうとする働きがあるとされます。
            私たちは時に「あの一言で心が傷ついた」と表現したりもします。
            それが自己愛の傷つきと呼ばれるものです。

            無防備の時ほど傷つく度合いが大きいときはないでしょう。
            いわゆる不意打ちをつかれるのがそれです。
            ですから一度でもその経験があると、次から防衛しようと準備します。
            それが情緒的に湧き上がってくるのが不安です。
            逆に考えると、不安の強い人は過去に何らかの自己愛の傷つきを経験しているということになります。それが不安の大きな原因だと考えられます。

            それが「対人不安」であり、それを避けるための自己防衛の方法が「引きこもり」ではないでしょうか。つまり、対人不安も引きこもりも自己愛の傷つきから自己を護るための「自己防衛」だと思うのです。このように考えると解決方法は自ずとみえてくることでしょう。

            以上、対人不安と引きこもりを自己防衛という観点から考えてみました。

            興味を持たれた方はシニフィアン研究所までお問い合わせください。http://signifiant-lab.com/
            Twitterでもつぶやいています。https://twitter.com/sindoumaki 

            | 不登校・引きこもり | 10:36 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
            322)対人関係―結ぶ
            0
              シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
              精神分析という対話療法で自己(無意識)を知り、必要に応じて書き換えていきます。
              そうすれば、不安は安心に変わり、希望が湧いてくることでしょう。

              今日は、「対人関係―結ぶ」について書きたいと思います

              成人の日の関東地方は、雪が舞い、積もる一日となりました。
              忘れられない成人の日となった方も多かったのではないでしょうか。
              今朝は路面が凍結し、行き交う車や人も、しっかり踏みしめて進んでいるようでした。
              日頃は、道路を意識して踏みしめることは少ないことでしょう。

              普段とは違う状況(雪・凍結)だからこそ、意識し、滑ったり転んだりしないように意識する。
              このように、普段とは違う状況(差異)が、そのものとの関わりを意識させることになります。
              これも一つの「交わり」と言えます。
              この意識が、そのもの(ここでは道路)との関係をどのように結ぶかに繋がると思います。

              関係を「結ぶ」にはどうすればよいでしょう。
              その一つは、時や場所や意識を共有すること。
              相手と、同じものを見て、聞いて、感じて、味わってみる。
              そして、大切なことは、どのように感じたかを的確な言葉で語ることです。

              例えば、きれいな景色を見て、「きれいねえ」
              可愛い花や動物を見て、駆け寄り触れて、「わあ、可愛い」と言う。
              そして、「ほんと、きれいね」「ほんとだ、可愛いね」と言う。
              仕事なら、あるアイデアに対して
              「それは素晴らしいですね」
              「なるほど、もっともですね」と言う。

              これを「共感」と呼びます。
              このように、時や場所や意識を共有する体験(共感)が、
              相手とのより良い関係を結ぶことになるのではないでしょうか。

              ある一点で交わり、共感することで関係を結んでゆく。
              これが対人関係をスムーズにするための一つだと思うのです。
              次は、それを繋いでゆくことです。
              そうすればきっと相手との接点も増え、
              それがお互いの距離を縮めることにもなるでしょう。

              そのためには、自分が感じていることを言語に置き換える体験をすることでしょう。
              その一つが「精神分析という対話療法」だと思います。
              自分の言葉で語ってみる体験をしてみませんか。
              興味を持たれた方はこちらへどうぞ http://signifiant-lab.com/
              各種教室(オールOK子育て教室etc)もあります。http://signifiant-lab.com/#10 

              | 不登校・引きこもり | 11:50 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
              309)社会参入する=家庭を出る
              0

                 

                | 不登校・引きこもり | 14:04 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
                299)引きこもりと自己奪還
                0
                  シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
                  精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
                             
                  今日は、「引きこもりと自己奪還」 について書きたいと思います。

                  「母性剥奪」という言葉がありますが、
                  「自己剥奪」され、人間でないものにされてしまった人が、
                  自分というものを取り戻すことを『自己奪還』と呼んでみました。
                  ここでいう「自己剥奪」とは
                  自らの意志と考えによって言動することを根こそぎ奪われている状態のことをいいます。
                  「自己奪還」とは、自らの意志と考えに基づいた言動を取り戻すことです。
                  それは≪私は人間だとの自己規定≫でもあると思います。

                  自己奪還のためには、まず「引きこもること」が必要であることを書きたいと思います。
                  「奪還」という言葉は「剥奪」に対して用います。
                  つまり、根こそぎ奪われているから奪い返すという意味です。
                  奪還という言葉を使うに至ったのは
                  日々の精神分析という面談の中で、クライアントの叫びとして聞こえてくるからです。
                  非行や引きこもり、不登校、いじめ、うつなど子どもから大人に至るまで
                  ≪私は人間だ≫との切実な叫びを痛感しています。

                  ある引きこもりになった男性(以下Sさんと呼ぶ)の言葉を紹介したいと思います(本人の了解済)。

                  自分は今まで、親をはじめとする周りの人たちの姿や言葉に従ってきた。
                  そして、それに対して何の疑問も抱いていなかった。
                  ところが、あるきっかけから引きこもり、気付いたことがある。
                  今まで自分の考えや意志がなく、周りに用意されていたことに従っていただけだった。
                  引きこもりと言われるようになって初めて、
                  自分というものが無かったことに気が付いた。
                  何も語れない自分を知った。

                  そして、今、自分が何を考え、何を求めているのか、いないのかを見つめている。
                  そんな暇さえ持っていなかったことに驚いている。
                  初めて迷っている。初めて真剣に悩んでいる。考えている。

                  このようにSさんは語りました。
                  Sさんは引きこもったことにより、周りに用意されている事柄に対して受身であったことに気付いたというのです。
                  例えば、学校や習い事、就職、仕事などに対しても
                  自らの意志で積極的に関わってこなかったことに気づいたのです。

                  Sさんは、引きこもることによって、その機会を得ることができた。
                  否、このままでいいのか、との無意識からの強いメッセージにより
                  引きこもりという状態になった、とも考えられるのではないでしょうか。
                  こうして考えてみると
                  引きこもることは、知らないうちに自らの意志と思考を剥奪された自己を奪還するための一つの方法ではないかと思うのです。

                  ここではSさんの言葉を中心に書きましたが、
                  引きこもることは、自己剥奪された人が自己奪還への叫びの行動化の一つだと思えてくるのです。
                  つまり
                  人間でないものにされてしまった人が、≪私は人間だ≫と叫んでいる姿のように感じるのです。
                  人間であるとは、言語で語れることの意味で使っています。
                  分析家はその語らいを聴いています。
                  受身から能動への転換、
                  それが自分らしく生きていくことでもあるのではないでしょうか。

                  シニフィアン研究所のHPはこちらです。http://signifiant-lab.com/
                  「不登校の子どもの母より」サイトhttp://signifiant-lab.com/escape/
                  「思春期の悩み」サイトhttp://signifiant-lab.com/eatingdisorder/も参照ください。

                  | 不登校・引きこもり | 11:11 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
                  294)否定・拒絶・無視=自分がなくなる
                  0
                    シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
                    精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
                               
                    今日は、「否定・拒絶・無視=自分がなくなる」 について書きたいと思います。

                    《291)自分が壊れてしまう不安や恐怖ーまとまりを持った自分の解体》で、
                    自分という存在は他者によって構成されると書きました。
                    そのためには、鏡像体験が必須だとも書きました。
                    ここでは、
                    鏡像体験によって構成された「自分」という存在がなくなるのは、一体どういう時かを考えてみます。
                    結論から言うと
                    『否定・拒絶・無視』に出会った時だと言いたいと思います。

                    うつや不登校や引きこもりなどをはじめとして、
                    立ち止まってしまって動けなくなった時、
                    ほぼ共通して口にする言葉があります。
                    それは≪どうせ・・・≫です。
                    この言葉は、あきらめの気持ちや無力感から出る言葉です。
                    つまり、立ち止まり、そこから前へ進めない情態を表します。

                    このような情態はどうして起きたのでしょうか。
                    それは何らかの「否定」「拒絶」「無視」などに出会ったと感じているからではないでしょうか。
                    中でも、
                    自分が心を寄せている対象(人、場所、もの)からそのように扱われた場合、
                    一気に自分の存在が無化されたと感じることでしょう。
                    これらは、自分の存在価値を見出している対象=自分自身=鏡像体験
                    このように感じている証拠でもあります。
                    ここから
                    「対象にとって自分は存在価値がない」と思った瞬間、
                    この時、自分自身が消滅した瞬間だと言えるでしょう。

                    つまり、うつや不登校、引きこもりなどは、
                    心を寄せている対象からの『否定・拒絶・無視』に出会った、
                    あるいは、それらの蓄積があった可能性が考えられます。

                    社会の中で、これらに出会うことは避けられないことでもあります。
                    だとするならら、
                    家庭内では、これらの反対
                    つまり、『肯定(オールOK)』が満ち溢れている環境が非常に大切になってきます。
                    社会では『否定・拒絶・無視』が溢れていても
                    家庭内では『肯定(オールOK)』が溢れていたなら
                    人は安らぎと癒しに包まれ、エネルギーを回復する。
                    つまり
                    ≪自分という存在の回復≫
                    このように言えると思うのです。

                    家庭内が安らぎと癒しの場所=安心と安全の場所
                    それが基本となるでしょう。
                    それがもし、なかったなら
                    家庭外に求めるしかありません。
                    だから徘徊し、たむろし、刹那の居場所を見出そうとするのでしょう。
                    人は自分の居場所なくして生きられない存在なのです。

                    セラピールームはその居場所(安心と安全の場)でもあります。
                    シニフィアン研究所にもあります。
                    居場所が欲しいと思った時はHPをご覧ください。http://signifiant-lab.com/

                    | 不登校・引きこもり | 09:37 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
                    238)「不登校の子どもの母より」―新しいサブサイトのご案内
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                      シニフィアン研究所(埼玉県上尾市)の迎意 愛(むかい あい)です。
                      精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。

                      今日は、シニフィアン研究所のHPの新しいサブサイト開設のご案内です。
                      タイトルは「不登校の子どもの母より」

                      自らの「うつ病」と子どもの「不登校」に悩む一人のお母さん(Mさんと呼びます)が
                      精神分析と出会い、
                      娘さんの「不登校」をどのようにして受け容れられるようになっていったのか、
                      また、自身の「うつ病」とどのようにバランスをとりながら、
                      娘さんに向き合ったのかが記されています。
                      出会って、約3年後に頂いたものです。
                      サイトでは「手紙」としていますが、
                      原文は通常の手紙形式ではなく、
                      ≪今のわたし≫と題して、Mさんが心の整理をするために書いたものです。

                      本日(7月6日)のヤフーニュースにも以下のような記事が載っていました。

                      大津市の市立中学2年男子生徒が自殺したことを巡って行われた全校アンケートで「(男子生徒が)自殺の練習をさせられていた」との回答を市教委が公表しなかった問題で、市教委が加害者とされる同級生らに対して直接、真偽を確認していなかったことがわかった。(一部引用)

                      このように
                      「不登校」や「ひきこもり」だけでなく、
                      非行や様々な子どもの問題行動で悩んでいる方も多いと思います。
                      その方々に
                      Mさんの手紙が、少しでも何らかのヒントになればと思い
                      Mさん母娘の同意の上、HPに紹介させていただきました。
                      是非、ご覧下さい。

                      「不登校の子どもの母より」
                      併せて
                      オールOK子育て法のサイトも参照ください。
                      http://signifiant-lab.com/raise/
                      シニフィアン研究所のHPはこちらです。
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                      177)無気力からの脱出
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                        無気力
                        これは気力がないこと。
                        積極的に物事をしようとする意欲に欠けること。
                        辞書にはこのように書いてある

                        怠けているわけじゃない
                        やる気が出ないのだ
                        『可もなく、不可もなく、とり立てて大きな不満もないが、
                         すごく楽しくてたまらないという満足もない』
                        なぜ、やる気が出ないのだろう?

                        以前にも書いた気がするが
                        これは
                        【誰かから強く求められた体験がない】
                        「あなたが居ないとダメだ」
                        「あなたでないと他に誰も居ない」
                        「あなただけ!」
                        このように、誰かから切望されたことがない

                        切望され、欲望されたとき
                        人はやる気が湧いてくる

                        人から聞いたことがある
                        引きこもりになってゲーム三昧の日々だった人が
                        大震災の被害状況をテレビで見て、
                        ボランティアとして参加したという
                        最初は、
                        何らかの強い意志を持っていたわけじゃない
                        ただ、「何かできるかもしれない」
                        それくらいの気持ちだったらしい
                        引きこもっていたこともあり
                        体力的にも大きな何かをしたわけでもないのに
                        ある時
                        こんな自分でも必要とされている
                        そのように感じたという

                        それから自分の中で、何かが変わった
                        自分は必要とされている=存在する意味がある=生きる意味がある

                        それ以後、その人がどのようになったかは、想像に難くない
                        誰かに必要とされる事によって
                        そこに自分の生きる意味を見出したのだ
                        無気力で引きこもり
                        無意味しか見出せなかった日々が
                        一転して気力溢れ
                        気力は行動を生み出し
                        その人を根底から変えた

                        必要とされる=欲望されることによって
                        まさしくその人は
                        自分の人生を書き換えたのだ

                        無気力なのは、怠けているのではない
                        必要とされた、欲望された体験がないのだ
                        だから気力が湧いてこないのだ
                        強く欲望されること
                        強く必要とされること
                        それが
                        無気力から脱する方法である

                        生きる意味を見出したい方
                        やる気を出したい方

                        シニフィアン研究所のHPも参照ください
                        http://signifiant-lab.com/
                        摂食障害・リストカットのHPもあります
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