≪整心科学研究所(埼玉県上尾市)≫

自己治癒力により心身を整えていく。量子力学・宇宙物理学・脳科学の観点から精神を捉えた新しい科学に基づいた療法を研究、実践中です。
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    352)一家団欒(だんらん)
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      シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
      精神分析という対話療法で自己(無意識)を知り、必要に応じて書き換えていきます。
      そうすれば、不安は安心に変わり、生きる希望が湧き、しあわせ入れ放題だと実感することでしょう。

       今日は、「一家団欒」 について考えてみます。

      「一家団欒(いっかだんらん)」=一家族が集まってなごみ楽しむこと
      辞書にはこのように表記されています。
      核家族化と呼ばれて久しいですが、どれだけの家族がこの団欒を時をもっているでしょうか。
      その是非はとまれ、
      ここでは、食事を中心に一家団欒がもたらすものについて考えてみます。

      そしてそれは、「共食」「共感」「共生」であり、それが安心・安全の基であり、それが心身共に安らぎをもたらすと言いたいと思います。

      「共食」とは、ここでは文字通り、一つの食卓につき共に食事をすることを指します。
      食卓に家族が一堂に会するということです。
      それは、お互いが時間と空間を同じくすること(時空の共有)を意味します。
      「共感」とは、母の調理した料理を口にし、それぞれの味わいと感想を共有すること(味の共有)をいいます。
      「共生」とは、共食と共感により、共に生きていることが実感できることを指します。

      改めていうまでもなく、「食」は人が生きていく上でその基本となるものです。
      必要な栄養を取ることだけが目的ではなく、「食」を通して様々なものを取り入れることでしょう。
      素材、調理方法、食器、雰囲気などなど、数えきれないくらいの付加されるものがあります。
      それらすべてを含めての食事の基本が、まずは家庭の食卓であり、
      そしてその基本となるものが「共食」「共感」「共生」だといいたいのです。

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

      子どもの様々な問題と向き合っていると、ある共通点が見えてきました。
      すべてとは言いませんが、かなりの子どもが個食(孤食)の傾向にあるのです。
      ある小学生に聞くと
      「別に普通、1人でテレビ見たりゲームをしながらの方が楽しいし、、、」と言いました。
      ある年齢以上になると、家族が一堂に会することは難しくなることでしょう。
      だとしたら、それまでの時期に「共食」の楽しさを可能な限り体験させてあげたいものです。
      共に食べ、共に語り、共に味わうことの楽しさを知る。
      それが「我が家の味」であり、「おふくろの味」と呼ばれてきたものではないでしょうか。
      その上にさまざまな味の体験を重ねていく。
      家庭(母)の味を比較参照として「美味しい」「イマイチ」「口に合わない」などと語るのだと思うのです。
      家庭の味を知らないとは、まさしくこの母の味を知らない、一家団欒の時と空間を味わったこと、味の基本となるものがない、ということではないでしょうか。

      ………………………………………・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

      何よりも人がホッと安らぎを感じるのは、昔なつかしい味に出会った時では?
      「何故かなつかしい気がする」
      「なぜかホッとする」
      「何故か分からないけど好き」
      と表現する時は、どこかで「我が家の味」、それはまた家族(母)との思い出に繋がっている、そのように思うのです。

      「同じ釜の飯を食った仲だ」
      「同じ鍋をつついた」
      「一つのパンを分け合った」etc

      これらの体験が心身の栄養素となり、成長をよりいっそう促す。
      心身の健康はまず食卓から、一家団欒の時空から始まると言いたいのです。

      多忙な時を生きている私たちですが、日に一度、週に一度、月に一度でも「一家団欒」の時間と空間を可能な限り持ちたいと思っていませんか。

      今日は「一家団欒」について書いてみました。
      ひょっとしたら死語となりつつある、あるいはもうすでになっているかもしれません。
      それでもやはり古くて新しい言葉だと思います。

      シニフィアン研究所の迎意 愛からのメッセージです。
      HPも参照ください。http://signifiant-lab.com/

      ★個食とは、 (「孤食」とも書く)家庭で、家族が団欒(だんらん)することなく、一人で食事をすること。また、一人一人がばらばらの時間に食事をとること。
      ・個食とは、家族が集まっていても各人個別の食事を取ること。

      | 家族 | 11:17 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
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